歴史のもしも
もしコロンブスがアメリカに着かなかったら? 事実から想像してみた
1492年より前のアメリカ大陸には、人口が20万人ほどの湖の上の都や、今のチリからコロンビアまで広がる国がありました。米国議会図書館の資料を土台に、ヨーロッパとの出会いが無かったら世界はどうなっていたかを想像しました。
- 事実公式の資料に書かれた事実
- だから、たぶん事実から一歩ずつ推したこと
- 想像その先の想像(絵は AI)
事実分かっていること
- 今のメキシコ中央の谷では、メシカ(アステカ)が力のある国をつくっていた。島の上の都テノチティトランは、テスココ湖の真ん中にあり、人口はおそらく20万人だった。[出典1]
- メシカの人々は、主にトウモロコシ・豆・カボチャ・トウガラシを食べ、遠くまで広がる交易の網を持っていた。[出典1]
- アンデスには、今のチリからコロンビアまで広がるインカ帝国(タワンティンスーユ)があった。都クスコは標高1万フィート(約3,000m)にあった。[出典1]
- アンデスの人々は、高い所でジャガイモの品種を育て、低い所でトウモロコシやコカを、さらに低い所で綿を育て、高原でリャマやアルパカの群れを飼っていた。[出典1]
- 北アメリカには、驚くほど多くの言葉と方言を話す何百もの集団が暮らし、遠くまで届く交易の網があった。[出典1]
- 1492年から1600年までの、アメリカの人々とヨーロッパの人々の最初の長く続く出会いは、アメリカの人々の暮らし方を元に戻せない形で変えた。[出典2]
だから、たぶんだから、たぶん
- 湖の真ん中の都・人口おそらく20万人出会いが無ければ、たぶん、湖の上の都はそのまま大きくなり、今も湖と水路の都市として続いている。
- 遠くまで広がる交易の網交易の網は、たぶん、大陸の北と南をつなぐ道として育ち、言葉や作物が行き来し続けた。
- 高い所でジャガイモの品種を育てたジャガイモやトウモロコシは、たぶん、ずっと後までヨーロッパに伝わらず、ヨーロッパの食卓は今とちがう形になった。
- アンデスの国と標高約3,000mの都山の上の国は、たぶん、段々畑と山の道を広げ、高い場所に大きな街を持つ国として続いた。
想像想像の世界
ほかの考え方
- ヨーロッパの別の船が、少し後で同じ海を渡った、という想像もできる。出会いが遅れただけで、同じことが起きたかもしれない。
- アメリカ大陸の国どうしの関係も、この想像の外にある。ここでは、資料に書かれた国と暮らしが続いた場合だけを描いた。
よくある質問
- テノチティトランにはどれくらいの人が住んでいたの?
- 米国議会図書館の資料によると、おそらく20万人です。テスココ湖の真ん中の島にある都でした。
- インカ帝国はどこまで広がっていたの?
- 米国議会図書館の資料によると、今のチリからコロンビアまで広がっていました。都クスコは標高1万フィート(約3,000m)にありました。
- この「もしも」の世界は本当にありえたの?
- このページの後半は、資料にある事実をもとにした想像です。本当にそうなったかは、だれにも分かりません。
出典
- 米国議会図書館「1492: An Ongoing Voyage」What Came To Be Called "America"
- 米国議会図書館「1492: An Ongoing Voyage」(展示の概要)
「事実」の文は、出典のページに書かれていることだけで書いています。「だから、たぶん」と「想像」は編集部の考えで、確かめられたことではありません。